性教育・恥ずかしいってなぜ?

性教育のシナリオ

性という人間が生きる上でとっても大切なこと。
 
議論がおおっぴろにできないのは「恥ずかしい」ことだから。
 
 
でもまって、恥ずかしいってなぜ起きるの?
 
 
その成り立ちから「なまでー」を拒む方法を検討してみました。
 
 
このブログが子どもを持っている親御さんと考えるキッカケになったら嬉しいです。
どうぞ!

▼ 性のコミュニケーションが難しいのはなぜ?

恋愛観とか、結婚観とか。
 
親に話すなんて無理!
 
 
って言うのが大半な今の日本社会ですよね?
 
 
いや、恥ずかしいよ!みたいな。
 
 
この「恥ずかしい」って何ですかね?
 
 
ググってみました。
まとめますとー。

・みんなと違う時に出る感情
 
・原始的な服従のジェスチャーをすることで周りからの迫害を防いでいる=自己防衛本能
 
・実際はコミュニティには害はなく、利己的な感情

みたいなことです。
 
 
ほー、なるほどね!
たしかに「恥ずかしい」って利己的で自己防衛的に出てるね!
(ちょっとむずい?) 
 
 
周りは別に何とも思ってないけど、意識しちゃって出るよね感情です。
 
 
そりゃあ、こと恋愛ともなれば好きな人の前では絶対「恥ずかしい」よね!
 
 
周りと違うように見られたいんだから。
 
 
 
相手に選ばれたい!受け入れてもらいたい!
自分を見失って、利己的になるのも無理ない。
基準は自分になく、相手にあるようになってしまう。
 
 
それが「恋」ですわな。
 
 
そんな時に性教育に話を絡めるとー。
 
 
「生でいいでしょ?」
 
「中出ししていい?」
 
 
そんなことを言ってくる奴を拒めますか??
 
 
 
拒め!!
 
 
 
そんな奴とは近づくなっ!!
 
 
 
そう言えたら言いたいが、実際はどうなる?
 
 
 
きっと、恋する相手が言ってきたら受け入れてしまう可能性は大きくないか?
 
 
 
どんだけ性教育での知識や情報が手に入ったところで効力は0になる可能性大!!
 
 
 
「恥ずかしい」という感情の成り立ちから考えて、人間の本能に逆らうのは無理でしょ。
 
 
 
じゃあ、どうするか?

▼ なまでーを拒む教育はあるか?

一晩考えたんだけど…

自己肯定感とコミュニケーションスキル

まずは「NO!」と言える心に育っておく必要がある。
 
 
好きな人にさえ「NO!」と言える。
 
 
それはつまり、自己肯定感が高くないと無理!
 
 
好き=相手に選んでもらいたい=基準は相手オンリーになりやすい。
 
 
めちゃくちゃ稼げる仕事についたけど、0からやり直さなきゃいけない。
そんなようなもん。
 
 
怖いですよね?
 
 
手放したくないですよね?
 
 
それを手放せるようになるには「自己肯定感」がないと無理!
 
 
 
それはどうするのか?
 
 
 
我が子を無条件に愛してあげるしかないです。
その上で、コミュニケーションの引き出し方法を増やしていく。
相手目線になったり「NO!」というにも色んなバリエーションがあるわけだから。
 
 
ホテルマンの本でもあったけど「NO!」というのが一番難しい!
 
 
コミュニケーションスキルが求められますよね。
 
 
 
クッション言葉 → 否定理由(納得がいく) → 代替案
 
 
 
この方式をパッと埋めて、相手に応じて出せる人は相当スキル高いです。

合法ドラッグと一緒と伝える

あとはこれしかない!
 
 
なま、なかだしする=合法ドラッグと一緒
 
 
合法ドラッグ
 
 
合法という名前がつくだけで、中身は覚せい剤や麻薬と同じ。
外見は可愛かったり、かっこよかったりダマしてくる。
めちゃくちゃ危険なモノ。
 
 
そういう風に言うのはどうだろう?
 
 
この性教育が社会全体に広がったら、悲しい出来事も減るんじゃないかな。
 
 
 
でもなー。
 
  
 
じゃあ、今度は子作りする時に恐怖心が出てしまってできなくなるのかな。
 
 
 
ここら辺が難しいですよね。
極端にしないと防げなそうでも、極端にするともう一方で後々困ることになる。
うーん。
 
 
でも、子作りは「愛」
 
 
快楽の利己的なものではなくって、運命共同体になることを受け入れるという利他的なもの。
 
 
 
子作りは一緒にドラッグを服用して、死の覚悟すらいとわないようになったらすべきもの。
 
 
 
(えー。そんな重く考えたら子作りなんてできないよ。)
 
 
 
たしかに人間そんなに強い人ばかりじゃない。
だからこそ。
 
 
「今の時代、できちゃった婚なんて普通だよ。」
 
 
って、なっている。
 
 
 
少子化時代にも貢献している面もあるのかもしれない。
 
 
 
実際に我が子に言っても伝わらないかもしれない。
 
 
 
でも、性のコミュニケーションも含めて、何が危険なのかはしっかりと伝えるのが良いと思うし。
あとはその子その子でコミュニケーション方法を模索して、自分の人生進んで欲しい。
  
  
少なくとも我が子には言っていきます。
 
 
「なまなかは合法ドラッグと一緒だぞ」
 
「しようとか言ってくる奴は危険」
 
「どんな好きな人でもドラッグに手を出してくる奴は危ないだろ?」
 
「子作りをしたい!となる時によく考えてするんだよ。」

 
 
 
うーむ。どうなるんだろう。

▼ まとめ:理想の結婚相手

「恥ずかしい」って相手に違うと見られたくないから“利己的”に服従のジェスチャーをするもの。
 
たしかに、それが「恋」ですよね!
 
 
愛は“利他的”なもの。
 
 
結婚したら「恥ずかしい」はなくなっていくだろうし、人生のイベントで衝突も生まれる。
 
 
価値観なんて一致するわけがないのだから、あくまで価値観を表も裏も見れる人。
 
 
「あー、そういう見方するんだ、なるほどね(否定せず)」
 
 
みたいな人が理想の結婚相手なんじゃないかな。
 
 
現実には少ないかもしれないけど、いなくはないはず。
 
 
 
自分は結婚の時どうだったか?
う~ん。そこまで大人じゃなかったかも。
 
 
今の奥さんはどうか?
う~ん。まだ自分の価値観の裏を見れるわけではないかも。
 
 
でも、結婚って親よりも長く人生伴(とも)にする人。
   
 
年収とか、人種とか、性別とか、そんなんじゃなくって。
 
 
「価値観の表裏」が見れる人。
 
 
たぶん、これだけの基準で良いと思うんだよな。
 
 
あとは万事解決すると思う。
イベントを通してドンドン仲良くなれるし、ドンドン絆は深まると思う。
 
 
 
性教育を通じて結婚まで考えてみました。
 
 
我が子には実践していこうと思います。
 
 
皆さんのご意見も聞かせてくださーい!

ということで本日は以上でーす。
 
 
 
最後までお読みくださりありがとうございました!
 
 
  
他の話も聞いてみたい!
もし、こんな場合はどう思う?
というもがあればコメント欄に書いてもらえると嬉しいです。
 
 

昨日は「恋愛と結婚の違い」について
お話ししてみました。
よかったら覗いてみてください。
 
 
 
それでは! 
今日と言う日は今日のみ。
自分なりに面白い一日にしていきましょう♪
また明日ねー!

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