第六章(最終章) 価値を生み出すとは愛。愛は∞だ。

生きる意味とは

前章では「生きる目的」の2つのうち、
「1.理不尽から備える」についてお話しました。
 
 
今回は最後の章、その備える方法「2.価値を生み出し続ける」についてです。
どうぞ!

▼ 価値を生み出すとは愛。愛は∞だ。

あくまで個人的見解で「私はこうしていきまーす!」というだけのもの。
でも、実践できない机上の空論にはしないつもりです。
こう見えて実利主義なので。
(どうみえてんの?)
 
 
世の中「理不尽」なことばかり。
大部分はお金が解決してくれます。

だからこそ、老後資金を準備することは必須ですよね!
FIREも目指しましょう!!
 
 
 
病気や相手の正義からの略奪からは、お金に助けられそうです。
もちろん不治の病もあるし、全てお金で解決できないですが大部分は備えられます。
 
  

でも、前章の通り「老化」「経験依存症」から備えるのは難しそう。
 
 
 
どう備えるか?
 
 
 
 
それはずばり。
 
 
 
 

「2.価値を生み出し続ける」です。
 
 
 
ただ方法なんて時代によっていくらでも変わるし、これっ!って決めきれない。
むしろ、決めずに試行錯誤し続けることが生きる上でおもしろ楽しいこと。
 
  
 
そう、これなんです。
 
 
老化や経験依存症から備える方法は「聴く」環境を予め作っておくこと。
作ったら試行錯誤し続けること。
 
 
 
具体的に言えば2つ。
 
 
 
・得意な仕事を極めて、いずれ動画を作ること
 
・終わらないコミュニティに参加すること

 
 
 
この2つはあくまで「私はこうしていこうと思います。」ということ。
 

 
 
本題を話す前にちょっと話それちゃっていいですか?
試行錯誤し続けることについて話したい。
(もう第6章までもボリューム出しまくっちゃってますし、いいよね!)
 
 
 
「愛(聴くこと)」を届けることに形なんてないし、正解はない。
だからこそ楽しいし、ワクワクできる。
 
 
 
皆がみんな自分の得意・不得意がありますよね?
 
 
 
得意分野を極めていって「価値を生み出す」
相手の声を聴いて届けていけばいいんじゃないでしょうか?
 
 
シンプルですよね。
 
 
 
自分の得意なことを探し続ける。

・歌う
・話す
・書く
・描く
・弾く
・聴く
・作る

いやわかんないけど!いっぱいあるでしょ。
  
 
社長になる人が偉いとかではなくって、役割分担なだけ。
シンプルに「価値を生み出す」かどうか。
 
 
 
その手法は∞だし、相手によって変わるから。
 
 
 
それを追い求めるのが「愛」です。愛は∞だ。
 
 
 
だって、生きるだけで発信をしてしまっている。
 
 
 
だったら自分の楽しい!を相手の声を聴いて届けられるように「愛」を語り続けるしかないじゃないですか。
 
  

「価値を生み出さなきゃならない」だからこそ、生きるのは苦しい。
 
 
それに、成長と衰退は切り離せない。
 
 
価値を生み出し続けなければ「孤独」へと繋がっていく。
 
 
 
若いときは良いんです。
 
 
それだけで投資対象になるし、価値を生み出せているから。
 
 
肉体労働、時間、それだけで価値があるから。
むしろ差し出せるものなんてそれぐらいしかない。
  
 
 
問題は齢を重ねてから。
 
 
体力や思考のスピードは確実に衰える。
 
 
さぁ!制限がやってくるぞ。
 
 
ここで「人間味」が出る所ですよね!!
 
 
 
さて!話が戻ってまいります。

・得意な仕事を極めて、いずれ動画を作ること

自分のやってきたことが資産になるように「動画」はかなりの有効手段じゃないですか?
 
 
すごく良い時代になりましたよね。
今までは手記でしか、文章でしか残せなかった。
 
 
でも今は個人で「音声」でも「動画」でも残せるようになりましたよね。
 
 
 
自分自身の得意分野を極めて「記録」することが資産になりそうです。
 
 
もちろん、一人起業家のように自分で全てやる必要はないですし、チームを組んで歯車の一つになるのも大切です。
でもどこにポイントを入れるかは見極めた方がいいし、自分自身の資産になるように設計しないと奪われておしまいです。
 
 
自分のやってきた時間を資産に変えて「価値を生み出し」続けるものにするかどうかがキーポイントかと思います。
 
 
 
あなたが必死になって積み上げ、極めてきた人間味のあるお仕事。
その「記録」に価値がないわけないじゃないですか。

 
 
 
ただそこでキーポイントは疑似体験させるものかどうか。
 
 
 
美談で終わってしまってはストーリーとしては薄弱です。
現在進行形で本気で悩んで戦っている今につながるように疑似体験させる。
 
 
 
それこそ若者が喉から手が出るほど欲しい「経験」だと思います。
 
 
  
自分が体力や思考スピードが劣ったとしても、記録が資産になってくれます。
設計次第ではマネタイズできるのではないでしょうか?
若者の登竜門的に購入する文化になれば。
(ここはあくまで絵空事。今後実践していきます)
   
 
 
ただ老化しきって思考スピードが、まるっきり時代遅れになってしまってからでは遅いです。
(臨界期:神経発達が過敏な時期ってやつがあります)
その前に「経験」を資産に変えておかなければならない。
それが一つ目の手法じゃないかと私は思います。
 
 
 
私自身、整体・ヨガの手法を「動画」にしたためようと準備中です。
 
 
 
時代の流行や、他人のいいね、なんかに流されない。
自分の「経験」を踏み台にして、より後世が生きるようなものを作ります!!
 
 
 
続いてさいごの手法。

・終わらないコミュニティに参加すること

よく考えるんですよ。
自分が老化しきった時に何を価値提供できるかな?と。
 
 
 
今までの生きる目的の話の最後はこれ。
 
  
 
「価値を生み出せなければ死」
 
 
 
体力ない、思考スピードも遅い。
 
 
 
老化じゃなく、不治の病からもよく考えます。
 
 
 
私が知っている究極の不治の病。
認知症・ALS(筋萎縮性側索硬化症)・小脳脊髄変性症。
 
 
他にもあるでしょうが、例えばALSの場合。
 
 
 
ある時、奥さんがALSの特番をテレビで見た後に私に話してくれました。
 
 
「閉じ込め症候群って知っている?
 意識はあるけど、瞼をあける筋力すら無くなってしまって会話ができない状態。
 私は自分の子どもがそうなったら、刑務所に入るから(子どもを)殺してあげる。」
 
 
日曜の昼下がりにいきなり何たる重い話を持ち掛けてくんだよ。と鮮明に覚えています。
 
 
 
ALSじゃなくても、第二章で認知症になったおばあさんの話をしましたよね。
 
 
 
「早く死にたい」
 
 
 
そうなるのは「孤独」になるからです。
 
 
 
会話ができなくなるからです。
言葉じゃなくて、非言語的なコミュニケーションも含めてですよ?
どうしてもこうしても、身体機能的にそうなるなら「安楽死」も選択の一つになって欲しいです。
 
 
 
一つ言わなきゃいけないのは、体力が落ちたり、障害があって生産性が落ちたら「死」というのは違います。
 
 
「価値を生み出せなければ死」の価値は生産性じゃないし、善悪じゃないです。
 
 
 
相手にとって善悪は変わるわけなので、価値も変わる。
 
 
 
何も生産できなくても、誰かの生きる意味になるなら「価値」が生まれているわけであって。
 
 
 
ここら辺、言葉にすると薄っぺらくなりますね。
 
 
 
だからこそ、色んな手法、色んな形で、愛は語られるんでしょうね。
  
 
 
 
「孤独」を避けることが生きる目的であり、備えになるなら、予めそういう環境を作っておいた方が良さそうです。
だって、生きるだけで「経験依存症」は避けて通れないから。
 
 
 
これまた第二章で触れました薬物依存の話。
 
 
薬物依存から救う団体を立ち上げた近藤さんは「薬物の的は孤独」と表現して「コミュニケーション」できる場を作りました。
 
 
人間を救うのは人間。
 
 
コミュニケーション、会話することで「孤独」から避けることができるかもしれません。
 
 
 
私自身、老いた時にできることって相手の話を「聴く」ことぐらいしかできそうにないです。
 
 
 
でも「聴いてもらえる場」って価値がありそうな気がしませんか?
 
 
私は生きてて良かったー!って思うのって、お酒飲みながら友達が「次これやろうと思うんだよね!」とワクワクしていることを話している時です。
このワクワク・好奇心こそが、向上心の変な欲だったり経験依存症から救ってくれそうです。
私は死ぬまでワクワクしていたい。する人と繋がっていたいです。
 
 
 
欲望・願望だけでなく、形を作るよう動いていきます!
 

 
そういう場を作ろうと思っています。
(ねっ。実利主義でしょ?)
 
 
 
やってみてダメならまた考えます。
 
 
 

#チャレンジ101年生

 
 
 
というフレーズで集まる人たちの場を作ります。
オンラインコミュニティです。
 
 
 
あくまで向上心ではなく、好奇心・ワクワクで集まる人。
 
 
 
ZOOMで集まって、自動的にブレイクアウトルーム機能で、5人1組に分かれます。
 
 
その5人で1年間(4月始まり、3月終わり)テレビ電話します。
ほぼ毎週の月3回。(休んでもOKなように設計)
1人5分間お話を順番でする。(計25分、前後含めて30分で1回は終わる設計)
どんな話でも良いんです。相づちは欲しいですが、ツッコミやコメントは無くても良い。
向上心がないとダメなような雰囲気にはしたくないですね。
  
 
無料のコミュニティですが、紹介制で繋がっていけると良いと思います。
 
 
 
コミュニティにお祭りがないと日常は疲れます。
でも、お祭りの準備が辛すぎると続きません。

会話ぐらいがお祭りになればちょうどいいです。
 
 
 
そうすれば日常の辛さのはけ口になるし、記憶に残るし、自分が発した言葉が鏡のようになって見直す場になってくれそうです。
 
 
 
コミュニティのプロジェクトと、「ハレ」と「ケ」のバランスを設計すると絶妙な感じになっていると今のところ個人的に考えています。
 
 
 
 
これはあくまで構想段階です。
 
 
 
それに既にそういうコミュニティは誕生しているかもしれませんね。
 
 
 
それなら素晴らしいこと!
 
  

終わらないコミュニティに属したいものです。
 
 
 
話をいよいよまとめますね。
第六章までに渡って言いたかったこと。
抽象的な表現と、具体的な手法の2つの観点からまとめます。

▼ まとめ

【抽象的な表現】
 
● 生きる目的って「愛」を届けること
 
「愛」は相手の声にならない声も聴いて、形がないし、完成はないし、届けきることはない・・・からこそ面白い!
面白がって生きていこう!
 
 
● 愛を届けようとすることこそ「本当の死=孤独」から備えることになる
 
お金はただの形。それは愛を届けられた対価のようなもの。
FIREも目指しつつ、想いをシェアしたいよね!
 
 
 
【具体的な手法】
 
☆ 自分の好き・得意を極めて「動画」にしよう!
 
別に動画じゃなくてもいいけど、あなたの経験によって極めたものを記録に残す。
時代に廃れない。むしろ、年月を重ねるほどに艶が出て価値が生まれるものにしよう。
どんなものがそうなるか?
そんなもん探し続けるしかないでしょ。
 
 
☆ 終わらないコミュニティに属そう!
 
老化して体力が極限までに低下した時に価値提供できるものは「聴く」ことぐらいしかない。
話を聴いてもらいたい存在になりつつ、そういうコミュニティ(家族・友人などなど)を持っておこう。
そんなものどこにあるのか?
そんなもん探し続けるしかないでしょ。(2度目)
 
 
 
ということで長きにわたり、ご愛読ありがとうございました!!
 
 
ここまで読めた方は本当に数%の方かもしれません。
愛してまーす!!
 
 
 
ありがとうございました!! 
 
 
 
今日と言う日は今日のみ。
自分なりに面白い1日にしていきましょう!
ではまたねー! 
 

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